第20章 葱茈とは曽冨理の事か
第20章 葱茈とは曽冨理の事か
☆月氏は肉氏ではないのでは?
従来、月氏はルーシなので肉ルー氏と解されて来た。これは
無論中華の民・漢人の解釈である。肉の簡略形同字体が月で
あったので、月を用いた。食肉氏族という卑字的な表現をせず
天体の月の字形を用いたのは、漢が大月氏と同盟して匈奴を
挟撃しようという戦略があったので、懐柔的な表記をしたのだ
という解釈である。
しかし、本当にそうなのか?
というのは、古代には月にもルーという読みがあった可能性も
あるからだ。
ラテン系民族では、月をLuna と言う。この言葉の語源の解説
を見てみよう。
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ラテン語の'lu-ne'に由来し、イタリア語やスペイン語などの
ロマンス語ではlunaがそのまま「月」を意味し、同じロマンス
語のフランス語では'lune'、ルーマニア語では’luna^'となり
ます。
luna 意味と語源【ラテン語】月。夜。三日月の形。
◉ 語源解説
印欧語根 lowksneh(月)→lewk-(明るい)が語源。light
(光)と同じ語源をもつ。
語源
luc-, lum-, lum-, lust- = bright, 明るい :
L.lucidus = bright(明るい),
L.lustrare=make bright(明るくする)
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という事は、月氏はLuciCran、lewk-Cranである可能性も
あると考えられる。
中国語では青椒肉絲の肉糸はròu sīである。lewk-Cranを
lewSi→RouSiで(肉が月と同音であり、古字形が同じなので)
月氏Rousiと音訳したのかも知れない。(中国人は単流音地域
なので、LとR音は我が国同様区別されない。)
この場合は、必ずしも食肉族だからルーシとしたのではなく
RouSi=月氏と認識していたのだとも解することが出来る。
また月氏が自分たちで、「我々は天体のルーを仰ぐ民族だ」と
訪問者に言った可能性もあるかと思う。その時に、応接に
当たった白馬族の家臣が居宅に月辰を祀る壇を持つのを
目撃して(張騫か、或いは張騫に匈奴と戦う西域の民族に
ルーシという者たちがいると教えた漢人もしくは西域から
の隊商人が)「ルーシとは月を祀る民であり、月氏だ」と
認識したのかも知れないのである。
だが、私はその“月氏が自分たちで、「我々は天体のルー
を仰ぐ民族だ」と訪問者に言った可能性もある”としても
そも「天体のルー」とは、月Lunaではなく、下述の考察
によって、パミールのRu、即ち“日の神mythRa”つまり
太陽神の事を言ったのだと思う。
という事は、「月氏という自称ではなく、日(Ru)氏と自称
していた」のではないかというのが、私の説である。
☆チベット西端の日土県の「日土」の考察
(パミールのRUは太陽のこと。琉球の琉も。)
中国チベット自治区の西端ガリ(阿里)地方にある日土県につき
かつて次のように考えた事がある。
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Rutog は何故漢字表記で日土になるのか?
togの方は土手や土壇を意味し、Ruはmisra→弥勒で、Rutog
は弥勒壇=斎日壇の事だったのではないだろうか?
一見索強付会の論に見えようが、チベット仏教が広まるまで
この山岳地帯には、トルキスタン方面民族の文化圏であった
とされ、ゾロアスター教の延長下のミスラ信仰が流布されて
いたと考えても矛盾しない。チベット仏教の流布後はそれが
弥勒信仰として密教に取り入れられたのである。
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この由来を再度考察してみた。
そして辿り着いたのは、「中央アジア祖語では、太陽をrah
とかre、le と言ったのではないか?」という仮説である。
太陽はゾロアスター教ではafura-mazudaから転生した神で
あるミスラ(→ミトラ)神となる。これが北伝仏教では弥勒と
なるのは周知である。
afuraは、英語でのflame炎であり、mazudaの方は、祀る陀
つまり神の意味だが、mazuda→matsurida→mythRaと転化
していきながら、mazudaだけでも日の神を意味するように
なった。(阿弥陀がこの再転化であるのもよく知られている。)
※昨今では逆にmythRa→ mazudaになったという説もある。)
mythRaはmythが神で、Raの部分が日(太陽)を指すと解され
るようになったと思われる。
エジプトでは、Raが太陽神である。
(ここからイスラムのAllahにもなる。)
一方、afuraはギリシャへ渡るとApollo。
初伝仏教にある毘盧舎那仏(大日如来)もRa(Ru)である。
Ra-Cana 盧舎那ルシャナで、これも日の神である。
今の中国語で日をRa(Ru)という表音はないようだが、
Ru→rut →rutsu →ritsu →jitsu という転訛で日:ジツの
音が出来たのかとも考えられる。
朝鮮語で日をイルと読むのはRu→iRuの転訛かと思う。
(もっとも、汎世界的な神学では、西アジアの古語では、
神の事をer,elとかilとか言ったという定説があり、太陽神も
そのer から派生したのであろうか?因みに、キリスト教の
天使ガブリエルとかミカエルの語尾のエルもこのer である。)
そこで、私は次のように考えたのだ。
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だから常識のようなLadakh→ Rutogなのではなく、
ここに斎日壇の聖地を示す“日土”rudoの地名がまず成立し、
それを後から進出したチベット族がRutogと意訳し、
北インド系でもあるがチベット仏教徒の藩王国がここに成立
した時に、国名を聖なる意味合いを有したLadakhとした
のではないか?と考えるのである。
(ここで留意しておくべきは、この辺りは単流音地帯の中国と
複流音のチベット語や印欧語族の境界域なので、流音LとRは
しばしば混乱するという点だ。)
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そしてラダック王国の首府はLeh にあったという。
このLehも太陽神Leに因むものではないだろうか?
また英語には太陽光を表すray という語彙もある。
ところで、「中央アジア祖語では、太陽をrah とかre、le と
言ったのではないか?」という仮説を立ててみたのだが、
ではそれは日本語ではどうなのだろうか?
実は日本語(正確に言うなら和語)には、ラ行(ラリルレロ)を
語頭に持つものは、ほとんど無い。一見、和語に見えるもの
も、実は漢語由来なのである。炉端の炉などもそうだし、楽
をする楽もそうだ。またラチがあかないの埒も実は放埒の埒
で漢語である。語頭と言ったが、語中でも同じである。
僅かに痕跡を感じられるのが照(テル)で、これは天te +日ru
で、これが天照大神の構成文字だというのは象徴的である。
天ten がte になるのは沖縄語で、太陽を指す言葉te-da が
あり、これはお天道様の天道が、ten-do → te-doa →te-da
と転訛したものだ。
だが、沖縄の旧国号「琉球」Ryu-kyuこそ、元は太陽のru+
光球を表す球kyu (ru-kyu )、即ち“陽球”なのではあるまい
か?元々異称として「球陽」もあるのだ。こちらは素直に
kyu-yoであるが。(もっとも球陽の方は漢語である。)
琉球の方は、和語で言う湯桶表現流かと思える。
照は天の(に懸かる)日であったが、後世照射される光の現象を
意味する言葉となり、天照大神の称号では、天照ten-teru と
天が重ねられるようになった。これは照らす光を出す主体を
強調する為の表現である。(訓ではアマテラスだが。)
それ以外に、和語には日を示唆するra,ru ,re を含むものが
少ないというのは、中央アジア祖語から遥か遠くに離れた
日本列島に和族が移住してくる間に言語態様が変容したから
であろう。
と書いたが、その後の探究で、他にも想定されるものが
少数ながら出て来た。
丸(円)を云うマルである。
これは、“円い(回る)Ru”。つまり円琉で、球陽と同じでなの
であろう。このマルの動詞形がマワル。
昼ヒルも同様であろう。これは日琉。昼時という様に日の出て
いる時間帯が昼なのだろう。
夜は余琉で、日が出ていない時間帯を表現しているのでは?
猿=佐Ru、サル。これは日吉神社のヒエと同じで、日+援(猨)。
猿は太陽神のお遣いだという事になっている。
猨は猿で、佐留と書くが、これも佐琉であろうか?
春haru,paru はどうだろうか? →初琉か発琉か?
これらは、動詞の活用形の“・・る”と異なり、名詞の語素と
しての太陽を表すRuの事である。
また空ソラはどうか? “太陽Raの出る(or照る)䟽”。
比叡山は日吉山であるが、比良の山とも云う。
つまり、日吉は比良となろう。(吉ヨシ→良)
更に従来、南韓の加羅は伽耶で、羅は場所を表す語素(アチラ
やソコラのラ)だと考えられて来た。(強いて云うなら加わった
土地=分国つまり弁韓=分韓)
しかしこれは、神鳥の迦楼羅に因むのではないだろうか?
この迦楼羅の迦楼カルも、駕琉(日神の乗る鳥)かも知れない。
実際インド神話ではシバ神の乗る鳥である。
迦楼羅の留まる地が加羅なのだ。
言い換えるなら太陽神の留まる良き土地の謂と考えるのだ。
(すると高天原はまたタカマガ加羅かもしれないではないか)
天日矛が追って来たという妻神のアカルヒメのアカルも明か
Ruで、太陽光に関わる。日光感精説話を持っている。
海食崖の洞窟、島根の加賀の潜門に差す日光伝説も同様の
類感呪術に依拠するものだろう。
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アカルヒメの渡来について、古事記・応神天皇段に
「新羅国・阿倶沼(アグヌマ)の畔で昼寝していた一人の女
の陰部を太陽の光が射し、妊った女は赤い玉を産んだ。
これを見ていた一人の男が赤玉を貰いうけ腰につけていたが、
ある時、自分の田に働く人たちへの食料を牛に負わせて田に
持って行こうとした途中でアメノヒホコに出会った。
ヒホコは、『この牛を殺して食おうとしているのではないか』
と難癖をつけ、牢屋に入れると威したので、腰の赤玉を
ヒホコに贈って許してもらった。
ヒホコはこの赤玉を持ち帰って床に置いていたら美しい乙女
と化し、ヒホコはこの乙女と結婚して妻とした。
妻は何時も美味しい食べ物をつくってヒホコに食べさせて
いたが、ある時、心奢ったヒホコが妻を罵ったので、妻は
『私は貴方の妻となるような女ではありません。私は吾が祖
(オヤ)の国に行きます』といって小舟に乗って逃げ渡って、
難波に留まった」(大意)とあり、
「こは難波の比売許曽社(ヒメコソ)に坐す阿加流比売
(アカルヒメ)といふ神なり」との注記がある。
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これは崇神朝の都怒我阿羅斯等の伝承のデュープである。
くどくどと書いたが、要はRuが太陽(日)を意味する語だった
という証左である。
※目下のところ、当章の表題の「 葱茈とは曽冨理の事か」
の陳述まで行き着いていない。長文化したので、
第20章(続)でそれについて論及する。