第16章 改めて息長氏とは?
第16章 改めて息長氏とは?
伝承では息長氏の母系には、天之日矛(天日槍)の血が入って
いるという。
また以下の書紀垂仁紀の一書には、息長氏の祖は韓人である
都怒我阿羅斯等(ツヌガアラシト)だと推測される記述がある。
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原文
一云、初都怒我阿羅斯等、有国之時、黃牛負田器、將往田舍。
黃牛忽失、則尋迹覓之、跡留一郡家中、時有一老夫曰
「汝所求牛者、於此郡家中。然郡公等曰『由牛所負物而推之、
必設殺食。若其主覓至、則以物償耳』卽殺食也。
若問牛直欲得何物、莫望財物。便欲得郡內祭神云爾。」
俄而郡公等到之曰「牛直欲得何物。」對如老父之教。
其所祭神、是白石也、乃以白石授牛直。因以將來置于寢中、
其神石化美麗童女。於是、阿羅斯等大歡之欲合、然阿羅斯等
去他處之間、童女忽失也。阿羅斯等大驚之、問己婦曰
「童女何處去矣。」對曰「向東方。」
則尋追求、遂遠浮海以入日本国。所求童女者、詣于難波、
爲比賣語曾社神、且至豊国々前郡、復爲比賣語曾社神。
並二處見祭焉。
(現代訳にする。)
ある書のいうところによると
初め都怒我阿羅斯等(ツヌガアラシト)が国(加羅)に居た時、
黄牛に農具を負わせて、まさに田舎を行かんとしていた。
するとその黄牛が俄かに見えなくなった。すぐに足跡を追って
これを探した。足跡はある郡家(ムチ=役所)の中に続いて
いた。かかる時居あわせた、一人の老人が言った。
「なんじが求める牛はこの郡家の中に入った。 すると郡公
(ムラツカサ=村役人)たちがこう言っていた。
『牛が背負う農具から推測すれば、殺して食べてしまっても
良かろう。もし牛の持ち主が探してきたら、物で弁償すれば
いい』と。 そして牛を殺して食べてしまった。
もし役人に『牛の代わりに何が欲しいか?』と問われたら、
財宝は望まず、『代わりに郡内で祀る神体を得たい』と
言いなさい」
しばらくして郡公が来て言った。 「牛の値に何が欲しいか」
老人が言う通りに答えた。その村の祭神のご神体は「白い石」
だった。よって白い石で牛の値に換えたのだ。
そこでその白い石を寝所に置いた。
するとその神体石は美麗な童女(オトメ)に化した。
阿羅斯等(アラシト)は大いに喜び、交わんと欲した。
阿羅斯等が別間に行った間に、童女は忽然と姿を消してしまった。
阿羅斯等は驚き、下女に問うた。 「童女はどこにいったのだ。」
答えて言うには、「東の方に向かう」 のだと。
すぐに追い求めて、ついには遠く海を越えて、日本国に入った。
求めた童女は難波に居て、比賣語曾社(ヒメゴソノヤシロ)の神と
なっていた。かつまた豊国々前郡(トヨクニノミチノクチノクニ)
でも比賣語曾社(ヒメゴソノヤシロ)の神となっていた。
二箇所で祀られたのである。
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※ 「つぬが」は、新羅や加耶の最高官位「角干」を訓読み、
「つぬが」が転訛して「つるが」となった。
「あらしと」は、朝鮮語の「閼智」のように、新羅・加耶に
おける貴人への敬称。アルチ=日子なので、都怒我阿羅斯等は
天日槍と同じではないか?との説もある。但し、両者は書紀
での登場の時代が異なっている。
上記の垂仁紀一書では都怒我阿羅斯等となっているが、これは
別の書では天之日矛の事として出て来る。
一方で都怒我阿羅斯等の方は崇神天皇の時代の話として記載
されている。(そこで加羅の王族が何回かに亘って渡来したの
ではないかとの説も出されている。)
なお白石の変じた豊国々前郡(トヨクニノミチノクチノクニ)
の比賣語曾の神とは、豊前姫島に祀られている息長比売である。
それが黄牛に関わるというのは、北近江の息長氏が斎く神の
坐す所が黄牛谷というのでもあり、そこはツヌガ=敦賀に近い
ことといい、また息長氏は天之日矛の女系子孫だという伝承も
ある事からも、辰韓・弁辰(新羅・伽耶)の黄牛族に仕えた巫女系
の一族ではないかとの推測を生じさせるのである。
(また垂仁紀の一書というが、「遂遠浮海以入日本国」という件り
は一寸とおかしい。というのも、垂仁の時代には国号は倭乃至は
大倭だった筈だからである。だがこの記述は「日本書紀」の一書
であるから、その編纂時点では、則天武后によって「日本」の
国号が唐(武周)朝から公認されていたので、「今は日本国である
この大八洲に入った」という意味なのであろう。)